1杯のカレーの中から見えてくる
スパイスの終わりなき曼荼羅世界。
“いったいスパイスをどうすればあの魅惑のうまい汁になるのだろう。いや、そもそもスパイスってなんなんだ!?”
小学生時代、レトルトの王道であるククレ甘口にはじまり、時折ボンの中辛に寄り道していた。中学時代、キャンプで鍋的カレーを作ったり、高校時代、食堂でカレーうどんをしばいたり。とにかく人生の隣にはいつもカレーがあった。
しかーし!そのカレーの素顔はまったく知らない。思春期の僕は、好きな女の身体を見てみたいという本能とよく似た想いで、カレーの芯にも潜入してみたいと思っていた。
そして女の肌の感覚を知った頃、僕はついに茶色い汁の謎に迫る決意をする。グルメだった親父に始まり、家族で行きつけていた洋食屋、ステーキ屋の店長、またホテルでコックを勤める先輩などに、茶色い汁の秘密を尋ねまくった。
答えは皆同じ。「スパイスで作るんや」。だからそのスパイスを知りたいのだ。
時は過ぎ、1990年にさしかかる頃。僕はスパイス童貞のまま鬱蒼とした日々を送っていた。そこに1本の電話が鳴る。東京在住の友達からだった。
「おい、吉祥寺にお前が喜ぶようなカレー屋を見つけたぞ!」
その一言で硬化しかけていた情熱に再び火が入った。よし!東京に向かって発射だ。
そして井の頭通り近くのビルの地下1階にあった[羅宇屋]という店に行く。階段の壁や天井にはエスニックの雑貨が飾りたくられていて、入口付近は真っ暗で実に怪しいムード。
しかし、店内に一歩足を踏み入れてみると、これが今まで行ったインド料理店のどこよりも謎めいたスパイスの香りでいっぱい。右手を見ると、漢方薬局みたいなケースがずらりと並び、その中に溢れんばかりのスパイスが横たわっていたのだ。
注文をすると、1枚の皿の中にボタボタと水っぽいカレーが入っていた。よく見ると肉や野菜以外に葉っぱや木の実みたいなものも入っているではないか。
驚いた。スパイスが無造作にも全裸のまま皿の上で弾けていたのである。はじめての舌触りと風味の連続だった。辛いだけでなく、日本語では言いようのない摩訶不思議な風味が渾然となっている。
この日以来、僕の目は初めて女を知ったときのようなウツロなものになった。そして、あのときのソレを思い出しながら、何度もタイやインドの本場カレーセットみたいなものを購入し調理に挑む。が、ここでまた問題が浮上する。いくら説明書通りに作ってみても、スパイスの刺激が強いばかりで決しておいしくはならないのである。そう、単純に調理するだけでは、うま味というものがどうしても生まれてこなかったのである。
その後、スパイスには無数の香りと甘み、うま味、さらにコクやトロみまでも生む力があることを知ったのは1997年のことである。
謎を追い出した喫茶店時代から13年が経っていた。自分でカレー、いやスパイス定食の店を作ってからのことである。三重県松阪市に建てた小さな店[Thali]。
現在、その店もまた過去となり、僕は執筆や広告の仕事で食っている。そして時々、こっそりとスパイス研究会を開いたり、インド人コックにスパイスのハウツーを教える講習に行ったりしている。
しかし、一説にはこの世に200種類、ある学者は2万種類とまで言うスパイスの世界。だから日々、新たな発見が続く。結局、一生かけてもスパイスの世界は熟知できないというわけだ。
(文:河村研二)
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