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Meetsな人の20軒

お好み焼き
お好み焼きは人生の一角となりうるか。

かつてバッキー井上氏が、まんぼ山本の店のことをこう書いていた。「京都タワーにあっても京都府警にあってもおれは行く。人生の一角だから」と。店の周りの雰囲気や、店のシブサばかりを言うのは、ことお好み焼きにおいては当てはまらない。

うまい、好き、と思えるお好み焼きかどうかが重要であり、他者の反応としては「よっしゃ、食べてみたろ」という態度で来てもらいたい。そんな内容だと受け止めていた。

幸いにも、生まれ育った街に自分の好きなお好み焼きがある人は、よその街に行っても、自分の店との比較を楽しめる。「うわ、ジャガイモやて、こんな具入れとるで」や「なんちゅう辛いソースや」などと、自分の中に基準があるから自然と沸いて出るものがある。

よその街のお好み焼きをうまい、マズイと言うのは自由だが、そこで重要なのは自分の愛する店があるかないか、だと考えている。その街のお好み焼きには、その街なりの時間や店と客とのやりとりが積み重ねられてきたものが凝縮されているからだ。お好みをバカにするのは、その街に対して唾を吐くようなもの、とは少し大げさか。

「ほな、おまえのうまいと思てる店に連れて行けよ」と言われて、胸を張って行ける店があるかどうか、なのである。それは何も生まれ育った街になくてもいい。会社帰りに見つけた店や、友達の家の近所の店でも構わない。そういう店を持っておこう、と言いたいのだ。

「お好みジャンケン」とでも言おうか。いや、勝ち負けではなく、延々と続く人生とお好み焼きの関係は、一人ぼっちでうまいなあ、と思っているよりも、よその街に足を運んだり連れられていったりして、あれこれ言い合うことでより面白く、そしてより美味しく感じるようになるのではないか。

未だ自分のお好み焼きを見つけていない人は、以下の店々を参考に(あくまで参考ね)街を渡り歩き、地元の人と話をし、「桃谷ではエビ天入れてた」や「たかばしではホソがたまらんかった」とやって欲しい。そこからきっと、ゴールが見つかるはず、そして真のお好み焼き人生が始まるのだ。

(文:曽束政昭)


お好み焼き

お好み焼き
激戦区の名店 下町の名店 老舗の実力 変り種でも実力は本格派

ミーツな人のオススメお好み焼き

ミーツな人のオススメ1軒
あらた(京都・九条)
あらたの翌朝はヒリヒリ沁みた。
 
あらた(京都・九条)

あらた(京都・九条)
高校を卒業して間もない頃、免許を取り立ての同窓生らに「辛いのイケる?うまいお好み焼き屋あるねん」と返事もしないうちにクルマに押し込まれるようにして連れてもらった。

ツレのクルマの初乗りである。それまでは、近所の公設市場のような店で半分に折って新聞紙で包むような店と、京都の裏寺のおばあがいる自分で焼く店でしかお好み焼きを知らなかった。

京都でも、パンチ頭の先輩に「あの辺はオレの地元やけど、おまえらケンカになりそうやったらヤバイから、とにかく逃げろや」と言われていたあたりにその店はあった。どう考えても路駐でやられそうにない通り沿い。春先の真っ昼間、キャロルが流れていたクルマから出て、一発で腹が鳴る匂いがした 。

店に入るとカウンターに4人並んで座った。「アカ4つ、カラカラ2つ、スジ4枚」とツレがスラスラと注文した。どうやら別の先輩らに連れてきて貰った店らしい。アカは赤ワイン(赤玉)にサイダーと焼酎が入っていたと思う。

カラカラは、卵をカラカラ音を立てて混ぜて鉄板で焼くお好み焼きが焼ける前のアテである。それまでおでん以外でスジを食べるのも初めてだった。お好みにたどり着く前に、甘くて飲みやすいアカをジョッキ2杯。明るいうちの酒も初めてだったが、ここまで回るとは思っていなかった。

当のお好みが目の前に来たときに、ドロっとしたソースをツレがドバドバと塗りたくってくれた。とにかく辛い。辛口カレーの挑戦でタダになる国道沿いの店では5倍くらいで泣いていた口が、いきなりドロソースの洗礼を受けたのだ。

が、とにかくうまかった。調子に乗って、辛口ソースをかけまくった。アカもグビグビやった。そして、翌朝、二日酔いの頭でトイレに座り、ウオー!である。

尻がヒリヒリ灼けるように痛かった。おそらく、この記憶は死ぬまで忘れないだろう。街のお好み焼きデビューはうまいと辛いと痛いものであった。

(文:曽束政昭)

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